空蝉(下)

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 私は父の書斎が好きでした。

 天井まで届く備え付けの本棚には、意味のわからない厳しい本が沢山あって、どこか、大人の匂いのする落ち着きがありました。その出窓のある北向きの、ひっそりした空間は静かで、家の中でも特別に神聖な場所のように感じていました。

 父は留守がちでしたが、家に居るときは疲れを癒すためよくここで音楽を聴いておりました。ですから私も、小さいころからクラシックを聴きながら育ったことになるのです。しかし母はクラシックには全く興味がわかないと、書斎へはお茶を運ぶ以外はまず顔を出しません。そのくせ、私が父の書斎をたずねることを喜びました。母は、父と私が一緒にいるのを、ことのほか喜ぶのです。

 そして私もそれなりの歳になました、大学受験に失敗し家でゴロゴロしていた頃でも、こっそり父の書斎にもぐりこんでは、一人音楽を聴きながら過ごしておりました。母も久しぶりの映画出演で、もう主演ではなくなってはいましたが、それも何年ぶりかの海外ロケとかで長らく家をあけておりました。

 出窓から眺める庭木もほどよく紅葉し、もうすっかり秋でした。そんな雷の鳴るうそ寒い午後、私はいつものように父の書斎に篭もってモーツァルトを聴いていました。そのうち何やらうとうとしてきまして、いつのまにか、長椅子に横たえたまま眠ってしまっていました。そして気がつくと、部屋はもうすっかり暗くなっていまして、しかし雷鳴はあいかわらず鳴り響いております。そして目の前に、無表情に強張った父が立っているのです。

 書斎ですから、父がいるのに何ら不思議はないのです。しかし父は電灯も点けずに黙って立っているのです。私は父がいつ帰ったかも気づきませんでしたし、父も黙っているので、私も黙っていました。そしてそれから後のことは私に記憶はありません。思い出せることといったら、立っている父の顔に一瞬の閃光が走るのを見ていたこと、それに追い打ちをかけるように轟き続ける幾多の雷鳴、それをどこか遠くの国の戦場のように聞いている私、そしてそれからもう一つ、背もたれに身を沈めた私の膝の間で、父の動く頭を眺めていたことです。

                 ♪

 しかし蝉は一向に飛び立つ気配はありません、もうずうっとそうなのです、今まで馴れ親しんだ脱殻との分離を惜しむかのように動かないのです。

 「震えてるね」
 「……風だろう、揺れてるんだ」

 「そうじゃないよ、羽を乾かそうと」
 私は急に悲しくなってきました、悲しくなって腹まで立ってきました。すると男は、

 「……そうだね、震えてるね、だけど翔び立つのは夜が明けてからじゃないか、たとえ満月でも、蝉には暗くて不安だよ」

 「私も死ぬと、こんなにすっきり脱け出せるかな」
 「……さぁ、それは亡くなってみないと、しかし亡くなった人は何も言わんぞ」

 「何で喋らんのだ? 」
 「……もうこの世のことなど関心がないんだろう」

 「なんで関心ないんだ? 」
 「……君だって一度外の空気を吸ったら、また穴蔵生活に戻りたいと思うかい? 」

 「今すぐにでも蝉になりたい」
 私はそう言い放つと、男に命令しました、私が今から蝉になるからおんぶしろと言うのです、しぶしぶ男が屈む仕種をしますと、私はもう、ちゃっかり男の背に飛びついていました、その姿は蝉ならぬ蛙、その雨蛙が、いちいち命令します、男も言われるままに行ったり来たり、木の根の這う道を徘徊するのです、私に悪戯心も湧いてきました、ときどき、両膝で男の太腿を叩きます、馬を馳せる合図です。

 「……乗馬の真似はいいけど、お願いだから、その首にまわした腕だけは使わないでくれ」
 「ケケケ、首絞めてやるーっ」

 やはり私は蛙でした、そしてそのうち、赤子の眠ったようにぐったり男に貼りついていました、そして男は、私が静かになったのをいいことに、すきを狙って山を下りはじめました、来るときは気づきませんでしたが、樹林のとぎれた場所から夜景が望めました、その奥を遠望するのですが、さっぱり方角がつかめません、そして寺院の屋根の見える広場に辿り着くころ、眠っていたはずの私が、突然唸り声をあげます。

 「一句浮かんだ」
 欠伸と間違えそうな声でした。

 「……今日の季題は蝉だぞ」
 私も素直に
 「うん、デケタ」
 そんな甘え声で、男の肩にマニキュア爪を立てます。

 「生きて死んだふりと 死んで生きたふりは どちらが楽か」

 「……どちらが楽か? 」
 「だから、どっちが楽か?」

 「……しかしそれも俳句じゃないな」
 「当然、立派に俳句ジャン」

 「……じゃ僕も一句、おんぶするのと おんぶされるのと どちらが楽か」
 すると私が怒り出しました。

 「……ごめん、今日は真夏の夜の夢だよ」
 「今日のオヤジどうかしてんジャン。もうイイ、降りる」

 私はそう言うなり、ずるりと男の背から抜け落ちました、しかし長らくおんぶされていたせいか、着地した足裏に痺れを感じました、それを男に感ずかれないよう地団駄踏むと、「それではさようなら」私は自らに弾みをつけ駆け出しました、ぐずぐずしている時ではないという気持ちがありました、ともかくそんな様相で、石段だけは一気に駆け下りていました。

 確かにあのとき、男はどうかしていました、私が男の背で眠ったふりしながら懸命に一句ひねってたというのに、男は甘いファンタジーなんかに現つをぬかし、メンデルスゾーンの〈真夏の夜の夢〉なぞを聴いておったのです、そして蝉の季節も去り、私と顔をあわせることもなくなった男は、ときおり、あのとき残した私の句を思い出すのです。

 〈生きて死んだふりと 死んで生きたふりは どちらが楽か〉

 男は、その句を繰り返しているうちに、私は私なりに真剣であったと感じます、私の最期を思い浮かべ、そう思うのです、そしてこの句は、自らの生き方を詠んだか死に方か、とも考えます、そう考えていきますと、〈どちらが〉の問いかけも、〈楽か〉との問いかけも、私らしく素直で、そのうち、素敵にさえ思えてくるのです。

 しかしながら、私は例外なく五、七、五を無視する句しか詠みませんでした。男に幾度となく指摘されても、決っして五、七、五の形をとりません、季語も無視しました、私の生活に季節がなかったからです、いつも字余りの多いのは、私の二十歳までの人生が、字余りだらけだったからでしょう。

 ともあれ、これが私の最期の句となったのです。


                                         (了)