2008-06-19から1日間の記事一覧

拝啓~常盤御前様(上)

先程から、伴に旅してきた千種の顔がすぐれません、来た道と違うと言いたげです、わたくしもそんな気がしています、川を離れ、少しづつ山へ向かっているような、この笹の原の先は山道ではないでしようか、鎌倉からは早馬の知らせがありました、その下知まで…

拝啓~常盤御前様(下)

不可解なのはそれだけではありません。 貴女様の生死の謎はもとより、墓とおほしき供養塔が、各地に点在することであります、岐阜の関が原、群馬の前橋、鹿児島の郡山、そして埼玉の飯能、それらに共通するのは、後に供養塔を建てたと一様に前置きのあること…

わたくし

わたし わたし たいそれた私もないし これが私もないけれど どうしても私があまりにもわたしでありすぎて 重くってしんどい 軽くって動けない しどろもどろ のべつまくなし しどろもどろ のべつまくなし あとから私が 呪文のようについてくる わたし なんた…

空蝉(上)

空(うつぜみ)蝉 まだ私が生きていたころの話です その年は気象異変とかなんとか申しまして、いつ入梅したかも判らない長梅雨の、まだ明け宣言も出ないころだったと思います、私は男に、一度でいいから蝉の脱皮をこの目で見たいとすがったことがあります。そ…

空蝉(下)

私は父の書斎が好きでした。 天井まで届く備え付けの本棚には、意味のわからない厳しい本が沢山あって、どこか、大人の匂いのする落ち着きがありました。その出窓のある北向きの、ひっそりした空間は静かで、家の中でも特別に神聖な場所のように感じていまし…