ポエム・散文・小説

靴底の悪魔

靴 底 の 悪 魔 三年H組 /某山某男 十六世紀の半ば、イエズス会のフランシスコ・ザビエルと共に日本へも悪魔 がやって来た。一行がインドのゴアを出港するとき、乗員の一人の靴底にひっ そり潜んでやって来た。そして、ザビエルが薩摩で足どめをくらってい…

欅のささやき

欅のささやき ~四百年の時空を超えて~ 霊感をうけた発話者の言葉を告げる そなたたち三人の上方にあり また、そなたたちの内にある 沈黙を一葉一葉落とし啓示する そなたたちを見てきた証人として また、そなたたちの案内人として そなたたちは宿縁を全う…

返信

前 略 先日は、唐突な言葉を頂戴し驚きながらも感謝している。 しかしあれは、兪見子の慰めになっても辰男の餞別にはなりそうもない。 手を一振りしては片付けられないものを、我々は互いに今も負っているからだ。気づかねばならぬところに気づかぬもどかし…

居ても立っても九月の蝉は居られない

いてもたってもくがつのせみはいられない コンサート・ホールで男に出会いました。出会ったその日からデイトの約束をとりつけ、それが一年近く続いたのでありますが、男は、最後の最後まで、私の名すら知りませんでした。それというのも、私が世間に驚くほど…

奇妙な夢を見た

ボクはときに奇妙な夢を見た。 それは幼い頃からそうだった。 真夏の、 雲一つない青空、 たゆたゆした大海原、 ぽっかり浮んだ島影。 その小島の高台に、巨大な煙突が、 天へ向けて突き立っていた。 それが見るからにして異様で、 今にも何かを吐かんと身を…

拝啓~常盤御前様(上)

先程から、伴に旅してきた千種の顔がすぐれません、来た道と違うと言いたげです、わたくしもそんな気がしています、川を離れ、少しづつ山へ向かっているような、この笹の原の先は山道ではないでしようか、鎌倉からは早馬の知らせがありました、その下知まで…

拝啓~常盤御前様(下)

不可解なのはそれだけではありません。 貴女様の生死の謎はもとより、墓とおほしき供養塔が、各地に点在することであります、岐阜の関が原、群馬の前橋、鹿児島の郡山、そして埼玉の飯能、それらに共通するのは、後に供養塔を建てたと一様に前置きのあること…

わたくし

わたし わたし たいそれた私もないし これが私もないけれど どうしても私があまりにもわたしでありすぎて 重くってしんどい 軽くって動けない しどろもどろ のべつまくなし しどろもどろ のべつまくなし あとから私が 呪文のようについてくる わたし なんた…

空蝉(上)

空(うつぜみ)蝉 まだ私が生きていたころの話です その年は気象異変とかなんとか申しまして、いつ入梅したかも判らない長梅雨の、まだ明け宣言も出ないころだったと思います、私は男に、一度でいいから蝉の脱皮をこの目で見たいとすがったことがあります。そ…

空蝉(下)

私は父の書斎が好きでした。 天井まで届く備え付けの本棚には、意味のわからない厳しい本が沢山あって、どこか、大人の匂いのする落ち着きがありました。その出窓のある北向きの、ひっそりした空間は静かで、家の中でも特別に神聖な場所のように感じていまし…