欅のささやき

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      欅のささやき

 
             ~四百年の時空を超えて~


 霊感をうけた発話者の言葉を告げる

 そなたたち三人の上方にあり  

 また、そなたたちの内にある


 沈黙を一葉一葉落とし啓示する

 そなたたちを見てきた証人として

 また、そなたたちの案内人として


 そなたたちは宿縁を全うせんがため

 四百年もの間、引き裂かれ

 遠方より引きよせられたのだ


 まず〈乱蔵〉が

 やがて〈龍之介〉が

 少し遅れて〈オユミ〉が


 いっさいの鍵は洞窟にあり

 〈乱蔵〉が〈龍之介〉と〈オユミ〉を追うのが何よりの証し

 〈乱蔵〉は〈龍之介〉とともに〈オユミ〉を孤絶に追い込むであろう

 
 充血し膨れあがった夕焼けが

 柘榴の桃色の傷口のように裂けはじめるその頃

 落ちた柘榴に四百年の繰り返しが宿るであろう


 今ここに四百年の宿縁 
 
 宿縁の成就ここにあり

 顕現はここに尽きぬ


 なにものも驚くなかれ 

 なにものも束縛するなかれ

 すべては三人一つの意識に還ると思え


 われがヴェールをぬぐのはわが脱我のとき

 しかし宿縁の半分は知らしめてやるが

 残りの半分は秘しておこう




 詩だった。それにしても仰々しい題だった。
 内容も予言詩のようで、乱三の文学的関心はものの見事に裏切られてしまった。乱三は、辰男がこんな詩を書くのも彼が神父の家柄に育ったせいだろうと思った。そしてよほど破り捨てて帰ろうと思ったが傍にゴミ箱も見当らず、とりあえず二つ折りにして日記帳に挟んでおいた。それがいけなかったようだ。この詩が乱三の日記の中で発酵し、やがてその熟成を待っていたのである。


                              (小説「ヴォカリーズ」二章)